鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第三章 鬱病者としての日々

1.閉じこもり生活

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【趣味はやっぱり大切か?】

この前診察に行って以来、ここ何日かは、家に閉じこもっている。深夜や明け方にコンビニには、行った。それ以外は、郵便受けを覗きに、マンションのロビーに行くぐらい。
今日は、7月22日(水)。
今日は、まだ郵便受けを見ていないが、彼が起こすだろう『調停』に関する連絡は、未だ来ていない。この頃、郵便配達のある日は、郵便受けを開ける事がドキドキだ。(今日はあるかな?)

さて、そんな閉じこもり生活のこの数日間、昼夜逆転状態で主にDTMに浸っていた。
本当、今の(と言っても2〜3年に揃えた物だが)この分野の発展は目覚まし。まさに、『音楽のIT革命』と言ったところか。10数年前にDTMに凝っていた頃は、満足な機材を揃えるには数十万円はかかっただろう。しかし、パソコンは別として、今は10万円弱で満足なソフトやハードが買えてしまう。
そうして揃えていた環境で、ようやく始めての曲作りを行い、1曲出来た。(早速、このHPのヘッダー部分に『BGM03』として載せて貰った。)昔とは違い、大分手抜きをしても、それなりの物が出来る。昔作った時の曲(『BGM01』や『BGM02』)は、安物の音源とシーケンサーソフトを駆使して細かい設定をしないと満足いくものが出来なかったが、今の環境では、かなり単純な作業で、それなりの曲が作れてしまった。尤も、まだまだ、シーケンサーソフト等を使いこなせる程、ソフトの扱いを知らないと言う事もあるが。

そんな作曲活動をしていると、私にとっては所詮趣味の範囲でしか無いが、「昨今は“文化”が蔑ろにされているな。」と感じてしまう。趣味とはいえ、この様な行為は、人間をまともにさせるし、成長させる。絵を描くでも、文章を書くでも、陶芸、園芸、何でも良いが、何か作品を作り上げると言う行為は、決して無駄な時間を過ごしているとは考えられない。例え、他人に影響を与えなくとも、自身の成長や精神的安定には寄与するのではないだろうか。それなのに、今の世の中「お金にならない事は無駄。」と言う風潮を感じざる得ないのは私だけであろうか。私自身も仕事をしていた頃は、プライベートの時間にも、仕事関係の勉強をせざるを得なかった。
特にIT関係の分野は、発展が凄まじいので、数年勉強せずに居ると、もう仕事など無くなってしまう。会社でそれなりの教育をしているようなところなら良いだろうが、私の経験上、その様なIT企業は滅多と無い。だから、「プログラマーは35歳で定年だ。」となってしまい、経験者はSEとして上流工程に関わるように仕向けられる。本人の適性とは関係無く、何処の会社でもそんな風潮を感じた。非常にタイトで、時間と技術の発展に追われる日々が続く。
流石に、私はこんな世界について行けなかったのだろう。次の仕事は、ITの経験を主とした職種を選びたく無いと考えているが、これは所詮『負け犬の遠吠え』、否、『遠吠え』と言うほど吠えていないから、差し詰め『負け犬の逃走』と言ったところだろうか。

やはり、ゲームなんかしているよりは、DTMで物作りをしていた方が充実感がある。
漸く、私も積極的な気分になってきたのかもしれないが、DTMと言えど、結局、経済的には何もならない作業である為、「仕事を探さなければ。」との思いが時より過り、焦燥感を掻き立てる。


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