第五章 鬱病再発生
1.再入院
【平穏のB棟】
入院して10日後、私は平穏を手に入れた。
気が狂いそうだったD棟を離れ、B棟へ移った。
「同じ病院か?」と思える程、B棟の環境は違った。
まず、職員の対応が違う。
今まで、「物」として扱われていたのが、「人」として扱われる。
看護士やケースワーカーは、患者達を一人ひとり把握している。
誰がどんな病状か、患者がどの程度狂っているのか。
D棟よりも、B棟の患者の方が多い。
それに対し職員の数はD棟もB棟も変わらない。
それなのに、明らかにD棟の職員の方が丁寧に我々患者に接してくれる。
勿論、D棟よりもB棟の患者の方が症状が軽いと言うのもある。
しかし、それにしてもB棟と比べるとD棟の不出来さが際立つ。
B棟に移動になる際、主治医が「B棟の課長さん厳しいからね」とこぼした。
その「厳しさ」の影響だろうか、我々患者にとっては、どんなにそれが有難い事か。
また、私は3人部屋に入る事になった。
各ベットには、カーテンがついており、そのカーテンを広げると、個室のような空間が出来る。
この状況が私には有難い。
やっと、独りゆっくりとする時間が手に入った。
D棟のように、隣の患者が「助けてくれ」と訴えてくる事も無い。
ただ気持ちを楽にして、ベットに横たわれる環境が出来た。
更にこの病棟では、毎日シャワーを浴びれる。
時間帯は決まっているが、自分の意思で、シャワーを浴びれる。
変な言い方かもしれないが、「自由」が手に入った。
B棟移って間もない頃は、ひたすらベットに横たわっていた。
他の患者の意識が私に向かないようにカーテンを閉めて。
そんな状況で2〜3日過ごすと、漸くベットに居る事が「飽きる」様になった。
それと無く、他の患者が集まるダイニングルームに顔を出したり、外出可能時間は、積極的に外へ出た。
やっと落ち着いて「入院」が出来る。
その事に非常に安堵しながらも、次に襲ってくる感覚は「焦り」だった。
「私は、このまま時間を無駄にしていて良いのか?」
そんな風に思案し、やり場の無い焦燥感が芽生える。
「今自分は病気だ、休憩期間が必要なんだ。」
そう自分に言い聞かせても、それが言い訳だと否定する自分が居る。
私は確かに薬を必要としている。
夕食後の薬(抗鬱薬)や就寝前の薬(睡眠薬)を飲むと、落ち着く。
だが、「抗鬱薬や睡眠薬で落ち着くのは当たり前、そういう薬なんだから。」と考えて、薬が本当に必要なのかさえ疑ってしまう。
焦燥感。自分の不甲斐なさ。
「私は駄目な人間なんだ・・・」
そんな思いを少しでも掻き消そうと、私は資格取得の勉強用に本を買った。
それを、ベットに居る間は読むようにした。
しかし、中々捗らない。
時間はたっぷりあるはずなのだが、カーテンを閉めても決して静かとは言えない環境のせいなのだろうか、数ページ捲っては止めてしまう。
カタツムリのようにノロノロとしたペースでしか進まないそんな作業では、私の中の焦燥感は抑えられなかった。
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