鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第三章 鬱病者としての日々

3.孤独に未来へ活動

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8月18日(火) 22:00頃

【示談した】

とうとう、この日がやって来た。
この日は、8月15日(土)。
彼が、『示談』の為、こちらにやって来る。

前日は、緊張して眠れなくなったりするのではないかと心配していたが、午前中から色々と出かけていたので、疲れて夕方ぐらいに少し眠ったり、その後はゲームをしたりで、案外、気楽に過ごせていた。

いつも通り、寝たのは3時頃で、覚醒し始めたのは、12時ぐらいだったような気がする。
一度、7時頃に目が覚めて、ゴミ捨てに行った。
その後、二度寝をしたのだろう。うつらうつらと床で過ごし、気が付いたらお昼頃。

彼は来る前にメールか電話で連絡してくる筈である。
まだ、その連絡は無い。
私は、部屋の掃除をしたり、洗濯物をしたりして、時を過ごしていた。

いつの間にか、14時頃。
「それにしても、まだ彼から何も連絡が無い。おかしいな。」
そう思って、彼宛てに「何時頃来るのですか?」と携帯でメールを投げた。
なにせ、今日は、夕方に『ひろさん』の退院祝いに行く予定。
彼に、あまり遅く来られては困るのである。

それを考え、また、私は彼宛てのメールを作成し始めた。
「夕方(6〜7時頃)に出かける用事があるので、何時ぐらいに来れるかどうかだけでも連絡を・・・」
と、メールを作成している時、彼からメールが入ってきた。
「ちょっと、色々あって遅くなりましたが、15時過ぎにはそちらに着きます。」

私は、作成中のメールを止め。
「了解しました。」
と返信した。

15時半後、マンションのインターホンが鳴った。
「鍵を持っているだろうに、自分で開けて入ってくれば良いではないか。自分の家だし。」
そう私は思いながらも、彼を玄関で迎い入れた。

彼は、何を気にしてか、土産物を持って来たらしい。
紙袋から、手造りのカステラと、桃を取り出して言った。
「このカステラ、Kさん(互いの共通の友人)が作ってくれた物、『切れ端だけど、どうぞ』って。それと、君桃好きでしょ、これお見舞いって言うのもなんだけど。」
それを受け取った私は、「カステラは早く食べないと駄目だね。」と言いながら、慌ただしく動き回り、冷蔵庫にそれらを片付けた。

夕方から用事がある事を考え、早速、以前送った内容証明と、予め作っておいた手切れ金の算出表を、彼に渡した。
予定では、彼に内容証明に書かれてある事の反論を聞き、それに応じて、手切れ金の調整をしようと言う事になていた。

しかし、内容証明を見る事に関して、彼は非常に躊躇した様子で、中々、その作業に取り組もうとしない。
私は、見かねて「一つ一つ、そちらの言い分を説明してよ。」と言って、内容証明に書いてある事を声にしていった。
すると、彼はいつもの調子で俯き、「自分は嫌だ。何でそんな事をさせる。」というよう雰囲気を漂わせ始めた。
私は、立て続けに捲し立てた。
「何の為に、ここに来たの。言い分があるなら言いなさいよ。黙っているんじゃ全然分からない。私の主張は、この内容証明の通りなんだから、反論するならそれを主張してよ!もし、内容証明を反論するのが嫌だったら、『いくら払うから出て行ってくれ。』って言う主張でも良いよ。とにかく、自分の主張をしなさい!」
早口でそう浴びせかけると、流石に彼も苛立ったのか、「そんなにベラベラ言うなよ。ちょっと黙って。考えさせて。」と漸く反抗してきた。
それを聞いた私は、「分かった、ちょっとタバコ吸ってくる。考えといて。」と言い、ベランダへ出て、2本程、タバコを吸い自身の落着きを取り戻そうとした。

タバコを吸い終え、私は部屋に戻る。
彼が口を開くまで、黙っていようと思い、横になって楽な姿勢をしていた。
すると彼が、「どうしたの?疲れてるの。」と言う。
「今は、そんな事を考えている時か?」とイライラしたものの、「否、いつも一人で居る時はこんな感じだから、気にしないで。」と答えた。
実際、私は、何かしていない時は、こんな感じで寝そべってテレビを見ていたり、音楽を聴いたりしているのだ。

暫くの沈黙の後、漸く彼が口を開いた。
「『主張しろ』って言うなら言わせてもらうけどね、何でこんな物、内容証明何かで送ったの。これが郵便局に保管されてるんだよ。こんな、僕を中傷した内容の物が。」
私は、正直、「なんて小さい奴だ。」と思いながら答えた。
「そんな、誰だか分らない人が、人生ですれ違う事もないだろう人が、どこかでそれを読んで、例えほくそ笑んでいたとしても、あなたには全然関係ないでしょ。そんな事気にしているの?第一、郵便局にだって守秘義務があるんだから、それを公に何か出来ないでしょ。」
そして、私は深い溜息を吐いた。
すると彼は、そんな私を見て、さらに続けた。
「あなた今溜息吐いたけどね、僕がこれを見た時は、そんなものじゃ無かったよ。酷く傷ついたんだから。あなたが、精神的苦痛を訴えるなら、僕だってこれで酷く精神的苦痛を味わったんだから。」
私は、「本当にこの人、自分の事しか考えていないな。」と思いながら反論した。
「あのね、私がそれを出したのは、『退院した後に二人で話し合いをする』と約束していたのに、一向にその気配が無いから、なるべく確実にリアクションがあるように、内容証明を使わせて貰ったんだよ。あなたが、約束通り話し合いをするか、話し合いができない状態だと思っているなら延期するとか、そう言う連絡すらしなかったんだよ。自分の責任なんじゃない。
それを聞くと、彼は、「別に内容証明じゃなくてたって良かったじゃないか。」と言って、泣きだした。

私は心の中で、また深い溜息をついていた。
そして、こう思っていた。
「精神的苦痛がどの程度なのかをリアクションで決めるなら、例えば、彼が内容証明を見て、泣きじゃくったとする。それに対し、他の女と男女関係にある事を隠し続けられていた私が、その事実を知って自殺未遂をした。どっちのリアクションの方がショッキングなの?」
さらに、こう考えた。
「やっぱり、この人、自分のことしか考えていない。その上、表面上『良い人』を装う為、自分の主張をしない。でも、心の中で、自分の主張が踏みにじられた事を一々恨んでいる。この人は、今の自分の殻を破って、もっと自己主張して、自分の中に何かを溜めこむ事を止めなければ、一生同じ過ちを繰り返し続ける。」

それからは、私は彼に対して穏やかに説教じみた話をし出した。
とにかく、あなたは、自己主張しなさい。自分の中に溜めこんでないで、もっと、自分勝手になりなさい。実際、私もそうなろうと努力している。下手に感受性が強くて周りに気配りが利く人は、我慢しない事を覚えなくてはならない。私もその気があるから分かるんだけど、あなたもそうだ。私以上に酷くて、そして悲観的だ。自分の殻を破りなさい!
彼も少し心当たりがあったのか、小さな声で答えた。
「そんな事を言われても、もう良い歳だし、今から『変われ』って言われても、出来ないよ。無理だよ。」
やはり、彼は悲観的である。人間に変われない歳など無い。自分次第で、気持ち次第で、人は変われる。(こんな風に思えていた私は、ちょっと躁的状態だったのかもしれない。まあ、今でもその思いは変わっていないが、今後、挫折するかも…。)

そんな会話を終えると、次第にお互い冷静さを取り戻し、私がこのマンションを去る事を条件に、具体的な「手切れ金」の話をした。
私が彼の主張を聞いて納得した部分もあり、(具体的に金額を書くと生々しくなるので書かないが、)お互いの主張する金額の中間で折り合いが付いた。


最後に彼は、こう私に聞くのであった。
「僕が今一緒に居る相手と上手くいっていると思う。」
私は、そんな事を考えない様にしていたので、素直に答えた。
「そんなの知らないよ。」
すると彼は続ける。
「いきなり同棲なんかして、上手く行く訳ないじゃん。今は一人で居たい。」

そう、これが彼の望みなのである。
「一人になりたい。」
この気持ちは、うつ的になった私には痛いほど分かる。

彼の言葉を聞いた私は、単純に彼のうつ状態を回復させる為、「早速、このマンションを出なければならない。」と思った。
そして、「もし何だったら、今日からここに居れば。夜は、入院中友達になった『ひろさん』の所にでも泊まれるようにお願いするから。昼は、このマンションに戻ってくるけど、あなたが返って来る時には『ひろさん』の所に居られるように、お願いしてみるよ。」と、私は彼に提案した。
すると彼は答えた。
「それは出来ない。今日帰らないと、相手の女性に何をされるか分からない。」
私は、「あなた、もしかして脅迫でもされてるの?」と訊ねると、彼は、「そんな事は無いけど、今日は帰らないとややこしくなるから。」と言って、帰ることとなった。

こうして、『示談』が成立し、彼が帰ったのは、6時頃だった。


【ひろさんパソコンと格闘】

私は、早速、シャワーを軽く浴び、予定通り『ひろさん』の元へ向かった。
彼女は、「行きつけの焼鳥屋がある。」と言ってそこに案内してくれた。
そこで、一杯飲んだ私は、久々に飲んだ酒のせいか、軽く頭痛を覚えていたので、ちょっと酔いを覚ます為、焼鳥屋を出て彼女の自宅に上がらせて貰った。

すると、そこのお父さんから「パソコンの迷惑メールが多くて困るんだよ。最近は受信も出来なくなっちゃってさ。」と相談を持ちかけられたので、酔い覚ましには丁度良いと思い、私は、その問題にとりかかった。

これが、私の忙しさを加速させた。
尤も、何もしていないと落ち着かないので、何かしている方が良いのだが。
しかし、その『迷惑メール』の多さには手古摺らされた。
何と、受信メールが、15万件以上。そして、そのほぼ全てが『迷惑メール』。
「…正直、始めてみたよ。こんなの」
私は、そう呟かずにはいられなかった。

「メールはすべて消して良い。」との事だったので、取り合えず、メールソフト上で普通に削除操作を行った。
それにしても、時間が掛った。
20時くらいには、『ひろさん』の家に上がらせて貰って居たのだが、この日帰ったのは、2時頃。

だって、普通にメールソフト上で削除を行っていると、やたら時間をかけた癖に、途中で「エラーが発生して削除できません。」とパソコン様が仰るのだ。
そこで、私は本気を出し、強引な手段を講じた。
メールソフトの受信ボックスや削除済みボックスのファイルを、直接消したのだ。
「確か、このメールソフトなら。起動時に、これらのファイルが無ければ、自動作成される筈。」
その閃きが功を奏して、パソコン様に取り込まれたメールは、全て削除できた。
だが、これで終わりでは無い。
未受信のメールが、6千件以上、メールサーバーに溜まっているのだ。
しかも、メールソフトで受信しようとすると、エラーが出る。
「ネットは繋がっているのに何故?メールアカウントの設定は変えていないし、さっきは、受信できたのに…。」
そう、試行錯誤しながら、メールアカウントのパスワードを入力し直してみると、漸く、メールが受信できるようになった。
しかし、メールを受信して、また削除するのは、億劫である。
どうやら、このインターネットプロバイダーのサービスでは、WEBメールも使えるらしかったので、WEBメール上で、削除操作を終えた。

さて、メールの削除は完了したが、このまま、このメールアドレスを使える訳が無い。
『ひろさん』達に、「メールアドレスを変えなければいけないから、また、来た時にそれをするよ。」と私が、提案した時は、既に0時頃。
だが、まだ作業があったのだ。
「実は、アンチウイルスソフトを使っていて、毎月お金を払っているんだけれど、アップデートを一度もしていない。」
そう相談も受けていたので、アンチウイルスソフトのアップデート作業も行うつもりになっていた。
「まだ、作業していても大丈夫?」
そう『ひろさん』に訊ねて了解を得た私は、早速、アップデート作業を試みる。
しかし、そのアンチウイルスソフトのバージョンが古すぎて、もう、アップデートサポートが終わっている事が分かった。
その事を一通り報告し、「フリー(無料)のアンチウイルスソフトを導入しますから、もう、今使っているソフトは解約して下さい。」と提案し、承諾を得て、その作業を始めた。
まず、現在使われているアンチウイルソフトをアンインストール。
これは、何の障害もなしに終わった。
だが、フリーのアンチウイルスソフトをダウンロードしている最中、ネットワークの障害発生。
そこでは、IP電話が使われていたので、まずは、電話が繋がるかチェック。
どうやら電話は繋がる様なので、モデムの場所を聞き、それを見てみる。
何故か、光っている筈のLEDランプが、光っていない。
「畜生、こいつも不出来なモデムか…。」
そう考えていると、先程、IP電話を使った為か、ネットワークリンクのLEDランプが光り出した。
「もしかしたら…。」
そう思いパソコン様に戻ると、ネットワーク回復。
漸くソフトをダウンロードして、インストールを終えた頃が、2時近くであった。
『ひろさん』のお父さんから、「どうせなら、泊まって行きなよ。」と何度も勧められたが、私には、明日、予定があったので、それを断った。

こうして、深夜に帰宅した私は、いつも通り、午前3時頃には眠りに着く事が出来た。


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