第四章 社会復帰への階段
1.ニート脱却へ
10月4日(日) 2:00頃
【ストリーミング(覚書)】
仕事(とは言っても所詮アルバイトだが)を始めて一週間。
無難に過ごせた。
まあ、変な依存関係になっている人からの支えが大きく寄与しているのだが。
金曜日の午前中は、カウンセリング。
漸く、治療方針(カウンセラーによる私への対策法)が決まった。
何やら横文字の名前だったので、何と言う技法かは覚えられなかった。
カウンセラーによると、一番深い、私もカウンセラーも一番しんどい、と言うものらしい。
とりあえず、面白そうなので今後も任せてみる事にした。
金曜の夜と言うのは、やはり、夜更かしするものだ。
土日が休みだから、遊んでしまう。
夜の薬は、0時頃飲んだ。
しかし、以前セッティングした音楽作成専用パソコンが予想外のトラブルを起こしており、それを「出来れば直したい」と思っていいて、遂に、この金曜日の深夜から、それを実行した。
結果、それに没頭し、眠りに付いたのは、土曜日の早朝、7時頃。
睡眠薬は、殆ど効かない体質になっているか、集中すると睡眠薬の効果を打ち消せるのか、私はそんな状態らしい。
ちなみに、音楽作成専用パソコンのトラブル解消は、まだ終わっていない。
何れ、また、夜更かししながら、その続きをする時が来るだろう。
土曜日、朝眠りに就いて、起きたのはお昼頃。
眠った気がしない。
逆に、起きた後は、余計に疲れを感じる。
示談金で、一応資産のある私は、無駄遣いをして買ったマッサージチェアで寛いだ。
約一時間程。
目を覚ましてからの疲れは幾分和らいだ。
「いつか買おう。」と夢に見ていたマッサージチェアは、金曜日に届いていた。
金曜日に帰ってきてから、マッサージチェアを開梱、設置していたので、音楽作成専用パソコンの対処は、深夜過ぎになったのであった。
マッサージチェアで寛いでいる最中、携帯電話が鳴った。
マナーモードにしてあった為、直ぐに留守番電話に切り替わり、また、寛いでいる最中であった私に、俊敏に電話をとる力は無かった。
誰からの電話なのか気になってたので、数分後、マッサージチェアを止め、発信者を確認。
相手は「ひろさん」。
留守番電話にメッセージが残っている。
どうやら、またパソコン関係でトラブルがあったらしい。
気分の乗らない私は、いつ対処に行くか考えた。
考えながら、電話をかけ直した。
電話で話しているうちに、この日のの17時頃に行くことにした。
マッサージチェアから開放されたのは、15時頃。
空腹を感じたので、電子レンジでご飯を炊く。
以前、電子レンジを通販で注文した際、電子レンジで、0.5合の米が炊ける容器を一緒に購入していた。
この一週間、この容器には大変お世話になっている。
電子レンジで7分間、米が炊けるのを待ちつつ、シャワーを浴びようと風呂場に行く。
風呂場の汚れが気になった。
洗剤とスポンジを使い、風呂掃除を軽くした。
そして、軽くシャワーを浴びた。
プロパンガス式の装置でお湯を沸かすのは面倒で、水のままシャワーを浴びた。
そんなこんなで時間を確認すると、16時半を過ぎていた。
「そろそろ出発するか。」
そう思って、自転車で「ひろさん」宅へ向かう。
予定通りの時刻に、「ひろさん」宅に到着。
パソコンのトラブルは、数分で終わるものだった。
とりあえずの対処を終え、どうしてこんな問題が起きるのかを「ひろさん」に聞かせていると、隣の部屋の襖が開き、もう既に顔見知りとなっている「ひろさん」の父親と義理の母に対面。
「お邪魔しています。」との挨拶をするついでに、少し、彼、彼女と話をした。
すると、父親の具合が今朝からどうも良く無いらしい。
上半身、特に首の辺りで、痙攣や痺れがあると言う。
最悪の場合“脳梗塞”的な予兆ではないかと、そこに居た面々で騒いだ挙句、救急車を呼ぶ事になった。
なお、その場に居た「ひろさん」の義理の母は、“脳梗塞”で左半身が麻痺しているという事をこの時の会話で始めて知った。(だから、、いつも座りっぱなしで動かなかったのか。)
救急車には、私も同乗した。
救急隊員に、「誰か同行して下さい。」と言われ、当然「ひろさん」が同行する事となった。
私は、救急隊員に「ひろさん」は統合失調症である。
そして、私は「ひろさん」の友人である。
そう告げると、私も同乗して良い事となった。
肺がんを患っていて半年前辺りに手術を受けていた為、掛かり付けの総合病院がある「ひろさん」の父親は、その病院が救急病院でもあったから、無事、その病院に行ける事となった。
客観的に見ていて、「ひろさん」の父親が、今どうこうなる様には見えていなかったが、初めての症状である事や、「ひろさん」自身の不安を考えると、私はどうしても一緒に行きたかったのだった。
結局、病院で脳の検査をしたが、特段の異常は無く、今回の症状は「アルコール中毒」で、アルコールが切れた時に起こるものだろうと、医者はとりあえずの見解を述べた。
そして、医師が正確に診断を下す為、また、このところ酒で誤魔化してろくに食事を採らずにいた「ひろさん」の父親は点滴を受けてる事となった為、その間、私と「ひろさん」は、2時間程、病院で待つ事になった。
父親が病院を出る前に、医師が「ひろさん」に父親の状態を細かに告げる。
私は、待合室から、その様子を窺っていた。
一通り、医師から話を聞かされた「ひろさん」は、私のところに戻ってきて、「特別な問題は無いらしい。やはり、アルコール依存症で、最近ろくに物を食べていないものだから栄養失調になったのだ。」と聞かされ。
「最悪の事態では無いだろう。」と思いつつも、私も僅かに意識していたその事は、やはり、取り越し苦労だったので安堵した。
ただ、帰りの道中、「ひろさん」は言った。
「もしかしたら、死んでしまうかと思っていたので安心した。」と。
それ程私は大げさに感じていなかったが、「ひろさん」は、最悪の場合を想定し、私の想像以上に心配していたに違いない。
待合室で待っている時、「ひろさん」は、私に向かって言った。
「一人でいるよりは落ち着くが、あなたに迷惑をかけてしまて申し訳ない。」と。
しかし、私は純粋に「同行したい」希望を持っており、その希望通り事をこなしているだけなので、負担なんてこれっぽっちも感じていない。
だけれども、「ひろさん」が私に対して「申し訳ない」という気持ちは理解できる。
私が逆の立場だったら、やはり同じ事を言うだろう。
そんな「ひろさん」に私は言った。
「否、実に面白いよ。」と。
すると、「ひろさん」は笑いながら、「面白くないよ」と返してきた。
ちょっと私も言い方が端的過ぎて不適切でもあったから、さらに付け加えた。
「いや、『面白い』というのは、ほんの数十分間だけ、そちらの家にお邪魔するつもりだったのに、そんな時に、こんな事があって。しかも、今日行くか、明日行くか迷っていたのに、何と無しに今日行くことにした。そして来てみたら、全然、当初の目的と違ったこの様な状況になった。それが、単に偶然と思えなくて、必然というか運命というか、そんなことを感じて、言い方は悪いかもしれないけれど『面白い』と思ったんだよ。」
そして、また、二人で笑った。
最後に私は、「この為に、私はパソコンに呼ばれたんだね。」と付け加えて笑った。
点滴を終え会計手続きをしている「ひろさん」親子とは別に、私は病院の通りに面した道路でタクシーを捕まえていた。
私が通りでタクシーを捕まえ誘導していると、タイミング良く2人が病院から出てきた。
そして、タクシーで「ひろさん」宅に向かった。
タクシー代は私が出すつもりであったし、「ひろさん」にもその事を伝えていた。
タクシーで戻る途中、「近所のファミリーレストランがあるからそこで食事をしよう。」と父親が言い出し、私は少し躊躇したが、下手に遠慮すると義理堅いこの親子は、私に「申し訳ない」と思い過ぎてしまう質なので、どうしようかと考え後部座席に乗っている「ひろさん」の目を確認し、私は、食事に同行する決心をした。
とりあえずその場では、タクシー代を私が払った。
別にこれは、変なボランティア精神から来たものではない。
実は、今週から始まったアルバイトにありつけたのは、「ひろさん」が偶然、先週の木曜日に私の新居に遊びに来てくれたからなのだ。
それに、入院時、「ひろさん」からは、私の人生観を変える色々なきっかけを与えてもらっていた。
だから、せめてもの恩返しにと、タクシー代ぐらいは払っておきたかった。
しかし、非常に律儀な「ひろさん」の父親は、ファミリーレストランで会計を済ませた後、タクシー代を私に支払おうとした。
私は、一所懸命受け取りを拒否したが、これまた下手に拒否する事が相手の心の負担になるのかと考えた挙句、それを受け取る事となった。
こんな律儀すぎるところが、「ひろさん」の父親を圧迫させているものだろうと、勝手ながら感じている。
こうして再び、「ひろさん」宅に戻ったのは、23時頃だったと思う。
少し「ひろさん」宅で寛いだ後、23時半頃に、漸く、私は帰る事となった。
「ひろさん」宅の外に出て、自転車に乗るまで、「ひろさん」は見送ってくれた。
離れ際、握手も交わした。
自転車で遠ざかる私に向かって、「ひろさん」は手を振ってくれていた。
私も、自転車を前に進めながら、振り返っては、何度か手を振った。
そして、家に戻った私は、就寝前の薬を飲み、また水で軽くシャワーを浴び、汗を流したところで、このページを書いている。
この土曜日の出来事は、本当に奇妙な連鎖で起こった事だけに、何だか不思議でならない。もっと言ってしまえば、必然的な事として考えられてしまう。
カウンセリングの事とか、色々と書きたかったが、それはまた何れとしよう。
次回のカウンセリング時に「何とか」という技法の名前も覚えて来よう。
それでは、今回はここまで。
(今日は、夜更かしせず、早く寝たい、っと思っていますが・・・。)
・・・そう言えば、風呂掃除の前にレンジにかけていたご飯の事を忘れ、私は放置しっぱなしだった。そして、深夜に帰ってきた時に思い出し、それを冷蔵庫に移動させた。
どうも、他の事に気をとられると、ちょっと前に考えていた事を忘れてしまう時がある。
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