第四章 社会復帰への階段
1.ニート脱却へ
10月7日(水) 21:00頃
【有難きや、放送大学】
仕事の方は、極めて順調である。
やはりアルバイトなので、それ程大した仕事はしていない。
とは言っても、現職の担当の人が今月中にでも辞めるのだろうか、その引継ぎで忙しくはあるのだが、今までの私の仕事感で言わせてもらうと、こんな程度は「忙しい」の範疇に入らない。
これまで、私は出勤という形で仕事をすると、9時出社だとして、早くても19時ぐらいまでは「普通」の感覚で仕事をしていたものだ。
疲労感を感じて来るのはその後。
そして、疲労感を感じても「もう一分張り」して仕事をするものだから、21時や22時頃に退社となる事もざらにあった。
そんな物だから、現在の9時から17時の仕事では、「忙しくて遅くなる」と言っても、19時前には帰れる。
疲労感は、最初の2〜3日に多少感じたものの、今週に入ってからは全く感じずに過ごせている。(朝は、薬のせいなのだろうか、少し頭がボーっとしている。しかしこれも、タバコを2本立て続けに吸えば覚めてくる事を覚えたので、それ程支障は無い。)
しかも、職場が、徒歩5分も掛からない。
これが大きい。
通勤に時間が掛からないと言うのは、なんとも価値があるものだと実感している。
だから、今日なんかも1時間の残業をして、近所のコンビニに寄ったのに、家に着いた時刻は19時より数十分も前。
帰ってから、テレビを点け
チャンネルを変えていると、「放送大学」で、リモコンを操作していた指が止まった。
植物分類に関する講義の内容だった。
何でも、今ではDNAの塩基配列で系統樹を整理しなおしているらしく、およそ10年前に私が大学で学んだ系統樹には、誤りがあると言う内容だった。
尤も、大学時代勉強不熱心であった私は、当時の系統樹などまるで覚えていないし、植物については疎い。
だけれども、放送されていた講義に引き込まれてしまった。
そもそも、DNAについてすら、良く理解していないのであるのだけれども、何だか講義を楽しんでいた。
そして、「勉強したい」と言う意欲に駆られた。
偶然、家には、DNAを理解する為の書籍がある。
これは、大学卒業後に就職した会社で、DNA絡みのシステムを作る時に、「DNA自体を勉強しなおさなければ」と思って買っていたもの。(勿論、買っただけで、当時勉強する事は無かった。「本を買って満足する」という典型的パターンである。)
見ていた講義が終わると、
丁度放送大学の2学期(正確に言うと後期と言うのでしょうか?)の初めだったらしく、学院長の挨拶や、その後は数学関係の第一回目の講義などが続いていった。
何だかそんな物を、今、楽しんで観ている。
(実際、これを書きながらも、同時にテレビで放送大学の講義を流している。)
「作家」の夢を虚ろながら望んでいる私は、先日、その夢へ少しでも近づこうと思い近所の中古書店で購入した、有名な現代小説家の本を2冊買っていた。
それを読んで、「現在評価されている小説とはどんな物か」を覗いてみようと思っていた。
しかし、今は、貯蔵してあった「DNA」の本の方を読みたい。
「作家」の夢は、やはり、遠く先の虚ろなものらしい。
まあ、とにかく、時間の余裕もあって、今、私は学習欲が強くなっている。
仕事も、今までの経験に無い分野の作業だから、非常に意欲的に取り組んでいる。
こんな私の状態を考えると、既に、医師から「鬱病」と名付けられたものは、私の中から消え去りつつあるのかもしれない。
しかし、「この類の病気は、3ヶ月単位で状態を判断する。」との主治医の言葉があるように、今、単純に上向きな状態であるとも考えられ、決して完治しているとは決断し難い。
(「デパス」を飲んでも眠くならないし。でも、これって、単純に体が慣れただけかも?)
更に私は、「熱し易く冷め易い」側面を持っているものだから、これらの意欲だって、いつまで続くものやら自信も無い。
ともあれ、私のテレビの選択チャンネルは広がった。
前述した通り、丁度、放送大学は今年度の後期に入ったところなので、それぞれの講義は、第一回目から始まっているらしい。
講義内容を調べて、何かお気に入りのものがあれば、録画でもして、最後の講義まで観て、知識を蓄えられれば幸いだ。
何せ、放送大学はタダで見られるのものだから。
放送大学の理念に感謝。
ちなみに、私が住んでいいる地域や、この古いマンションの設備にも関わらず、放送大学を受信できるのは、「光ファイバー」の恩恵。
お金は掛かるけれども、この回線は、より私に捨て難いものとなった。
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