鬱病生活記

 表紙
 目次
 はじめに
 第一章

 第二章

 第三章

 第四章

 第五章

 第六章

第四章 社会復帰への階段

1.ニート脱却へ

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11月14日(土) 3:00頃

【カウンセラーの床上手】

日付が回っているので昨日の事だが、ややこしいので「今日」と言わせて貰う。

今日の午前中は、久々のカウンセリング。
私は、計画通り、カウンセラーのやり方や心理に迫るべく、それなりに行動してみた。
しかし、今日の結果は、私の完敗。
カウンセリングの終了時、カウンセラーは、恐らく微笑みながら言ったのであった。
「やはり貴女には、この技法がピッタリ。これしか解決方法は無い。」

カウンセラーの確信染みた言葉に、私は敗北を感じた。
正直、「してやられた!」と思った。


さて、カウンセリングの始まりは、ほぼ何時も通りであった。

私は、何時も予定ギリギリの時間にカウンセリング室に駆け込むのだが、今日はほんの少し早く付き(と言っても、1分ぐらい早く付いたに過ぎない)、カウンセラーがカウンセリング室の前で私を待ち受けている事は無かった。
そこで、私は、直ぐ近くの自動販売機で、これまた何時もの紙パックの「コーヒー牛乳」を買っていた。
丁度その時、カウンセリング室のドアが開いた。
私とカウンセラーは軽く挨拶を交わし、私は自動販売機から「コーヒー牛乳」を取り出し、カウンセリング室へ入る。

既に冬の装いをしている私は、脱いだコートをかけるのに丁度良い衝立を見つけ、「ここにコート置いても大丈夫ですよね?」と言いながら、カウンセラーの答えも待たずにコートを置いた。

そして、椅子に座り、何時もの沈黙。
カウンセラーは、私の目の前にある四角いテーブルの左縁に座っていた。
私からは10時の方向で、丁度お互いが90度になる状態であった。

私は、早速、「コーヒー牛乳」にストローを挿し、飲み始めた。
一飲みした後、ストローから口を離すと、紙パックは気圧で空気が入る時にズズズーッと下品な音を立てる。

私は、流石に今日も「沈黙」する気は無いのだが、これと言って話題も無い。
何度目かの「コーヒー牛乳」を口に含んだ後、暫くそのパックを眺めながら、「この場で飲料を飲むことは許されているのか」と思うと、急にタバコが吸いたくなった。
そこで私は、カウンセラーに「流石にここでタバコは吸えないですよね?」と尋ねた。
尋ねたのだが、その回答も待たず、即座に自分で答えを付け加えるかのように、私は続けた。
「ここが閉鎖的な空間でなかったら、例えば外だったら、きっとタバコもOKなんでしょうね。」
カウンセラーは立て続けに喋る私に対して、お決まりの「何でそう思ったのですか?」と連想を促す介入をしてきた。
私が、「いやぁ〜、同じ嗜好品だから、『コーヒー牛乳』がOKなら、環境さえ許せば『タバコ』もOKだと思って。」と答えた。
するとカウンセラーは、「そう言えば、何時も飲み物飲んでいますね。何で飲んでいるのですか?」と返してきた。
私は、質問攻めに辟易した感があったので、「先生(カウンセラーの事)はどう思います?」と逆に質問を返した。
カウンセラーは、「う〜ん、どうしてでしょうね・・・」と恐らく意図的に、曖昧な答えを返してきた。
私は、面倒臭くなり、「何時も自転車で時間ギリギリにここに来るもので、その反動で、ただ飲み物が欲しくなって飲んでるだけです。深い理由も無く、動物的な衝動です。」と素直に答えを明かした。
そして私は、「この後、タバコで一服できると幸せなんですけどね。」と漏らしたが、カウンセラーは、私が承知している事も知った上で、柔らかに「それは出来ないんですよね。」と答えた。

また、暫く沈黙が続いた。
私はタバコが吸いたいのと、ちょっとカウンセラーの反応を見てみたくて、椅子から立ち上がり、ドアの方へ向かった。
そこでカウンセラーは、座ったまま動揺もしていない様子で、「どこに行くのですか?」と尋ねてきた。
私は、「タバコが吸いたいので、外に行きたいなと思って。」と言いながら、外に出る仕草を止めて、所定の椅子に戻った。
カウンセラーは、「一様ここから50分間は出られないので・・・」と、私が戻ってくる様子を確認しながら答えた。

椅子に戻り、私は質問の方向性を変えた。
唐突にカウンセラーに「この技法って、フロイトの流れを汲むものですよね?」と尋ねた。
カウンセラーは直ぐに「フロイト」の事が頭に浮かばなかったのか何の変化も見せず、その様子を観察していた私は、彼の顔を覗き込んで、「フロイトですよ。臨床心理学で、この技法の基と成るものを作った人ですよ。」と意味深に迫った。
カウンセラーは、一様「フロイト」の事に意識を止めたのか、「そう言えば貴女は、この技法に懐疑的だと言っていましたね。」と、また質問をしてきた。
私は、「だって、フロイトの話って、空想の域を出ていない様にしか考えられないから。」と言って、更にカウンセラーの表情に注目していた。
そして、「この人綺麗だな。やっぱり外見的にはタイプかもしれない。」なんて思っていた。

私に凝視されているカウンセラーはそれに気付き、「私の存在が気になりますか?」と聞いた。
私は、少し考えながらも、次のように答えた。
「勿論気になります。でも、その気になる点は、全然理由の違う2つの事があるんですよ。1つは、貴方にセクシュアルな興味を抱いていて、顔を見ながら惚れ惚れしているのです。そして、もう1つは、私の質問に対してどの様に答えるか、その表情を読み取ろうとしているのです。」

するとカウンセラーは、「やっぱり、この配置はあまり良くないみたいですね。お互い横に並んだ方が良いみたいです。」と言うので、私は、「だったらこうすれば良いのですか?」と言って、自身の椅子を90度右に回して座りなおし、カウンセラーを背に、壁に向いた。
だが、カウンセラーは、「それはマズイ」的な事を言って、私を元の位置に戻るよう促し、自分は、私と平行となる横の位置に移動した。
私は、ちらりと横を見て、カウンセラーとの距離を確認した。
お互いのパーソナルゾーンを十分確保するだけ、その間隔は空いていた。

そうして状態を整えた後、私はいつの間にかカウンセラーの術中にはまり、色々話を展開していた。
「私にとっては、このカウンセリングがホストクラブの様なものである。」と言う、前回のカウンセリング後に感じた事も話していた。
カウンセラーは、私の話に対し、やたらと「どう言う気持ちでしたか?」とか「どう言う風に感じてのですか?」と問いかけてくる。
そんな中、私は、カウンセラーが言う「気持ち」とか「感じ」と言った言葉に、違和感を覚えた。
私は、「感じる」と言うような感覚を覚える時が少ない。
だから、「私は、どうも先生の使う『感じる』と言う感覚が分からないのですよ。私の中では、今喋っている事に対して、『感じる』と言うよりも『考えている』と言った方がシックリくるのです。そもそも、私の生い立ちの上で、『感じる』と言う感覚を押し殺す技術を身に付けたのか、専ら、この様に第三者と話している時は、『考えている』と言う状態なのです。」と答えた。

そして私は続けた。
「これまでの経験で、この様に『考える』事で人と接してきた私は、まあ、そうしなければ生きてこれなかったと言う側面もありますが、今のところ、こうして確立した『考える技術』を敢えて一端壊し、そこにあるかもしれない綻びを組み立てなおす事に、意味を感じていないです・・・。逆に、こうして培われた対人関係において『考えて』行動する事は、特別形成しなおす事でもないと思っています。まして、折角確立したこの『考える』事を止め、抑圧しているかもしれない『気持ち』を前面に露出させる事は、如何な物かと怪訝さえするのです・・・。」
するとカウンセラーは、「別に貴女の経験的に培われた態度を壊す必要は無いのです。」と言う。
私は、「それでは一体どうするの?この様なカウンセリングで何をしようとしているの?」と戸惑っていた。
こんな状態で、時間が来てしまった。

私は最後の感想として、「つまり、私は本当の男性経験が乏しいと言う事なのでしょう。」と呟き、「果たして、このカウンセリングと言うバーチャルな環境で、その貧しい経験を補い、乗り越えていく事などできるのだろうか?」と疑念を抱いていた。
そして、久しぶりに、少し離れた横に居るカウンセラーの方を見た。
カウンセラーは、何とも納得した感じで、生き生きとしていた。
その顔には、張りのある魅力的な表情が読み取れた。
私は、「こっちは納得していないのに、彼は何を考えているんだ。ずるい。」と思った。

カウンセリング料の支払い手続きをしながら、カウンセラーを覗いて見るも、やはり、その表情には満足感のようなものが見受けられた。
そんな中、冒頭の「やはり貴女には、この技法がピッタリ。これしか解決方法は無い。」と言う、カウンセラーの感想が述べられたのである。

私は支払いを終え、そそくさとコートを纏い、軽く挨拶を交わしたカウンセラーを振り返る事も無く、カウンセリング室を出た。

正直なところ、何故か私は、終盤のカウンセラーの問いかけに対し、勝手に性欲を覚えていた。
出来る事なら、この人と寝てみたいと思っていた。
私の負けだ。
虜にされつつある。


病院を出た私は、寒さのせいか人気の無い、病院敷地内のベンチに座り、2本タバコを吹かして落ち着いた。
それにしても、寒さが身に染みる。
愈々、本当の冬に突入か。
気にならない程度の小雨が、より寒さを実感させた。


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